ひでちのブログ ~50歳までにサブ3~

2015年3月佐倉サブ4、2016年かすみがうらサブ3.5達成!サブ3までいけるのか?体重89Kgのオヤジの挑戦記録。

ひでちのつぶやき【女化神社&歴史探索】

【7月17日 練習】ランオフ

 

昨日のメダカ観察記の記事では、コメントを
貰えたのにはびっくりでしたが嬉しかった。
また、観察記を掲載したいと思った。

 

一昨日は、千葉昭和の森で、サマークロスカントリー
開催されて、イケネコさんも参加してきた。このコースで
10Kmを47分台とは、驚きです。私はロードで48分でした(^^ゞ

blog.livedoor.jp

 

今日は、がらっとかわって、歴史のおはなし。。

 

茨城県龍ケ崎市に女化神社があります。
私が初めて就職した店が近くにあり、女化神社近くの店で
飲み会を行った。今から23年前も昔の話だ(^_^;)

 

その時に女化神社と変わった名前なだけに記憶に残る。

 

茨城県は、私にとっては、縁深い県で、私の姓の由来も
父の実家も妻の実家も、妻と知り合ったのも、子供が生
まれたのも、小さい頃から就職してからも、今も、女化
神社の近くを通る。

 

女化神社には、地域の伝承があるとは聞いていたが
詳しくは知らなかった。

 

以前、ツイッターで王子稲荷神社の王子狐の嫁入り参り
と言うのを読んで、何気に調べてみた。

 

すると、女化神社が関東では有名だとか、関東の諸葛亮孔明
言われた戦国武将 栗林義長と言う人物にたどり着く。

 

竹中半兵衛が、今軍師と呼ばれ、諸葛亮孔明の智謀とされてるのは
聞いた事がありますが、栗林義長と言う人物は初めて聞いた。

 

室町時代の武将で、牛久やつくばなどで活躍したみたく
この辺りを支配していた岡見氏の家臣だったとか。

 

岡見氏は、つくば辺りを支配していた、小田氏族だと言われてるとか。
ここで、岡見氏と小田氏が出て来た。

 

岡見氏は、茨城に抜ける時に通る道に岡見と言う地名があり
田んぼのあぜ道入口に小さな石碑があり、岡見城址と書いてある。

 

また、小田氏は、数年前に家族で筑波山神社に行った際に通り
小田と言う地名あたりに、小田城趾の石碑が建っていた。

 

こうやって、調べてみたくなり、歴史も神社も広がっていく。
まずは、女化神社と、栗林義長と言う武将について調べてみたいと思います。

 

女化神社周辺には、このほかにも行きたい城がある。
利根川沿いにある布佐城と、馴柴城。

 

また、龍ケ崎は、仙台伊達家の飛び地があったと言う事で
調べてみたくなります。